じんは花畑に住んでいる狼だ。正確には見渡す限りの花畑の丘にある一本の木の根元を住処にしている。丘からじんが見渡す平野の全部はじんのなわばりだ。花畑は桃色と黄色と橙色と白色の花ばかりが咲いているので、他の動物がうろちょろしていればすぐに気付けるので良かった。じんと同じ牙あるけものでも牙あるけものの獲物でも丘から見渡せばじんは見逃さない。 じんはなわばりに一匹で暮らしている。他に仲間はいない。たまに隣の丘をなわばりにしている黒い毛並みの狼と境界線で小競り合いをするくらいである。牙あるけものとはそういうものだと思っているので、じんは一匹でいるのを疑問に思ったことはなかった。たまに番のけものを見掛ける

ことはあったけれど彼らはたいがい同じ毛色だったから、他の狼と違うとても薄い茶色をした自分には番はできないものなのだろうと納得していた。たまにじんを狐と間違う者もいたが、そういう輩はじんの牙に負けて二度と姿を見せない軟弱者なので気にしなかった。 じんは一日一回なわばりの見回りをする。花畑には目に見える境界線はないので入ってくる獲物には事欠かなかった。侵入者は追い払った。見渡す限りの平野はじん一匹のもので、じんしかいない状態を保つのがなわばりというものなのだ。 ある日、じんはなわばりの端の端、丘からうっすら見える小川のそばを巡回していた。小川の周りだけは花の咲かない低い葦が生えていた。葦の影には