こちらは真面目な話をしているので黙っていてほしい。啓は机の上に置いていた手を口元に移動して、明らかに困ったなという風情で上目遣いに炎を見ている。「俺に撫でられたいの？」「褒めて撫でてください」躊躇いなく返すと、啓の眉が情けなく垂れ下がる。更に後ろで「要求する立場でありがらハードル上げやがった」「強……」と囁く声が更に啓の眉を下げていく。「ウン……まいっか。頭下げて」立ち上がった啓が手を伸ばしてくるので大人しく頭を下げると、「もう！」と両手で頭をワシワシと撫でられる。「きみはいい子です。とても。よく頑張ったね」まるで犬を撫でているような手つきだが、それでもいいと思えるほどには嬉しい。

開き直って「担当者に屈することなく先方のご満足いただける結果を残してきました。よって課長からのご褒美を所望します」と述べる。しんと静まり返ったそこに、ぽつりと「課長のなでなでが欲しくて仕事してんだ……」と先輩が発言し、いやに大きく響いた。それだけではないぞと反論しかけたが、頭を撫でろと要求したのも事実だし、そう受け止められても仕方がない。「業務中だよ？いや飲みの場だからって頭を撫でた俺がいけなかったんだけどさ」困惑する啓に「本人が良いと言っていますが何か問題が」と返すも、後ろから「問題しかないよなあ」「シッ馬に蹴られるよ」「ワンコ？」「私たちのような純愛かも」「キャッ」と外野の声が混じる。

ハイタッチを求められ、肩こりに効くストレッチをさせられ、美味しい紅茶とクッキーを出され、どれも鬱陶しいはずのものが懐かしくてほっとする。落ち着いたところで、離れたところから見ていた啓に呼ばれた。「おつかれさま、大変だったねぇ。先方からきみの評価シートが届いてるけど、お褒めの言葉をいただいてるよ。纏めて明日見せるから楽しみにしてて」笑顔を向けられ炎の表情も緩む。が、啓の組まれた手はほどけることがなく、つい思っていたことが口をついてでた。「ところで頭は撫でて貰えないのでしょうか」啓は目を見開き、背後の先輩方の談笑がぴたりと止む。場が凍ったが一度口に出してしまったので、

年が明けてひと段落したところに、啓から前の部署に手伝いに行くように言われる。期間は二週間、内容は後方支援として大口の客先を抱える某担当者の補佐をすること。その担当者が過去に炎の足を率先して引っ張っていた先輩だったので憂鬱だったが、必要最低限のやり取りですませようと決める。実際に蓋を開けてみると顧客管理も杜撰で、全く手が回っていない状態だった。前任の補佐役はその担当者に理不尽な扱いを受け続けて病んでしまったという。納得の高圧的な態度と物言いに、自分もこうだったのだろうかと反省した（そんなことはない）。 炎のフォローにより問題はほぼ解決し、自分の部署に戻ると皆がおかえりと言ってくれる。

その夜を境に、炎は会社のお茶会（休憩時間に集まって紅茶と菓子を手に喋ること）に参加するようになる。毎回ではないが誘われていたものの断っていたので、紅茶だけを押し付けられていたが、椅子を寄せて話を聞く態度を見せると、全員が満面の笑顔になる。子どもの頃から遠巻きにされがちだった炎なので、これも食べる？紅茶にジャムも入れてみる？と世話を焼かれて困った。嬉しいと感じてしまうことに、戸惑いもある。素直に礼を言えば、さらに笑顔になった先輩たちの後ろでモニターを見ている上司の目が笑っていたので、胸だか腹だかわからないところがいっぱいになってしまった。

あっあの3人めちゃかわですよね🥰これからどんどん面白くなりますからね……！私も記憶無くして最初から見たいです

かもめさんの最推しのイベントなのに見てくださったんですか……好き……ちなみにど、どこまで……

ちょっと出てくるので休憩

人好きのする笑顔、柔らかい物腰の喋り方、物事の本質を見抜く確かな目。この人の下にいるから先輩たちは個々の能力を伸ばすことができている。自分もそうなれるのかもしれないという、ここ数年持ちえなかった希望を胸に頷くと、「素直」と頭を撫でられて硬直する。炎の家は厳格で、できるのが当然だったので頭を撫でられたのなんて初めてだった。年上とはいえ自分より小さく、殴り合いをしたら軽く吹っ飛んでしまいそうであるのにこの包容力。手のひらがあたたかくて、指先が優しくて、炎は啓を凝視する。そこで、どうしてこの人たちがいる部署が墓場なんて言われるのかが気になってしまった。これまで他人のことなんてどうでもよかったのに。

「癖強めだけど、みんな優しいでしょ。どの子もすごく有能だし、君の周りにはいなかったタイプじゃない？」「はあ、まあ」炎の応えにンフー、と顔を緩め、「そうでしょうそうでしょう」と頷く。「これで安心して頼ることができるでしょ。少なくともここの子達には」と続いた啓の言葉に驚いていると、「自分が認めた人には敬意を持って接することができるよね。まずはそこから始めよう」炎は啓を、飄々として掴みどころのない人物だと思っている。部下からタメ語混じりの敬語でしか喋ってもらえない、とはいえ敬意は十分払われてもいて、愛されている人。47歳とは思えない童顔がそうさせるのか、冷たそうなのに笑うととたんに印象は一変する。